もすもす日和

思ったことを思ったままに綴るだけのブログ。

30歳までの目標

昨夜、わたしはとてつもなく荒ぶっていた。
最近の何もかもが嫌になってしまって、自分のことが嫌になってしまって、旦那さんに「わたしはいらない人間だ」「存在しなきゃよかった」と散々わめき散らしていた。

しかしこれは、構ってほしいから言っているのではなく、本心だ。
落ち着いた今でも、自分のことは嫌いだし、存在が迷惑だなぁと思っている。

最近の自分は本当に見ていられないほど醜い。
特に新型コロナが蔓延してからは、身近な人たちにまでどうして自分と同じ行動をしないのだと当たり散らして当たり散らして、ああわたしは理解されないなんて、悲劇のヒロインにも失礼なほど感情を晒しまくっていた。
旦那さんにもまわりの人にも100を求め、少しでも足りないところは責めて詰めて、わたし変なこと言ってる?となっていた。
たぶん、変なことは言っていないんだろうが、問題はそこではない。
自分の想像から1ミリもずれずに他人が動かないと満足しないところだ。
いつからだ?いつからそんなんになってしまったのだろう。
たぶん、もともとそういうところはあったんだと思うが、いまはもう誰もかばいきれないほどに突出している。
子育てが始まってからだとは思うが、たぶんホルモンバランスのせいでも、子どもがどうこうという話でもないんだと思う。
子どもを守る意識が強くなって旦那さんに当たっていたその振る舞いが、いつからか日常化してしまったのだと思う。
そしてそれは、きっと旦那さんが、わたしの厳しい要望に全力で応えてくれた結果だ。
わたしは完全に恩を仇で返しているのだ。
それも、旦那さんにだけでなく、自分に関わる人全員に。

どうしたらいいんだろう、なんてぼんやり思うが、もうなーんにも思い浮かばない。
どんな本を読んでも、自分に言い聞かせても、何にも変わらない。
少なくとも、変わらないということは、仕入れた知識を正しく活用できていないんだと考えた。

そういえば今までわたしが読んできた本には、「自分なんて」って思うと、本当にそういう感じになっちゃうよ、とか、できるって思い続けたら、本当にできちゃって、そういうことを繰り返しながら、人生どんどんハッピーになるよ、みたいなことが書いてあった。
また、別の本には、「自分はそのままでいい」とも書いてあった。
たぶん、どちらも言いたいことは同じで、自分が自分であることにただ集中しろ、好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、そういうことを言っているのだと思う。

わたしはそれらを読んで、「わたしってほんと良くないな」と思ったときに、「でもそれがわたしだから!良くないなとか思わなくていいから!思ったらそうなっちゃうから!わたしはわたし!このままでオッケー!」と、思考を修正していた。
たぶんこれが間違っているんじゃないかな、と感じている。

最初の方に、「わたしはいらない人間だ」「存在しなきゃよかった」と思っていることを書いたと思うが、まずはそれでいいんじゃないかと思う。
「そんなこと思ったらうんたら!自分を認めて愛してあげなきゃかんたら!」というのが今までの自分だが、それこそ、本当の自分から目をそらしまくっているんじゃないか?

うーん。
正直、自分は本当にどうあがいても素敵ではない。
わたしが他人だったら、自分に近寄りたくない。
ピリピリイライラ、せま〜い心が伝染してしまいそうだ。
そんな自分が嫌いだ。
これまでの自分を全部白紙にしてしまいたい。
本当に存在が迷惑、人の感情を害するテロリストのようだ。
うん、書いていても何にも違和感を持たない。

ところで、わたしがなりたい人間ってどんなだっけ?
そう考えるとき、いつでも思い出す人がいる。
大学の卒業旅行で行ったバリ島、そこで滞在したホテルのフロントのお姉さんである。

ホテルを出発するとき、わたしは自分の部屋のカードキーを部屋に置きっぱなしで出てきてしまったことに気がついた。
そのことを慌ててお姉さんに伝えた。

お姉さんは全く急いでいなかった。
わたしは、もうすぐ迎えのバスが来てしまう、みんなを待たせて迷惑をかけてしまう、ということで頭がいっぱい、もうピリつき極まれりという感じだったので、始めの方はお姉さんを見て「もっと急げよフロントだろ仕事だろいい加減にしろ」なんて思っていた。

しかし、そう思いながらお姉さんを見ていると、あることに気づく。
お姉さんは、全く急いでいないが、全く無駄がない。
担当の者に連絡を取り、ただ自分の仕事を淡々と、しかも笑顔でこなしている。
こんな朝早い時間に、目の前にこんなにピリピリしている人間が立っているのに、顔色ひとつ変えず、姿勢良く、のんびりではなくゆっくり、余裕を見せながら働いている。
そのお姉さんが、それまでに出会ってきた誰よりも美しく、驚くことに、いつしかわたしのピリピリもどこかへ消えていた。
お姉さんの空気感が、わたしに伝染した。
お姉さんの方が強かった。
柔らかくて、しなやかで、丁寧で、強い。
今でも、そんな人他に出会ったことがない。
こうなりたい。こうなりたいなぁ。
今のわたしと正反対だ。
他人の気分を害する存在か、他人の気分をポジティブなものに変えてしまう存在か。

わたしとお姉さんの間で決定的に違うこと、それは「目の前に不快な人間がいるときに笑顔でいられるかそうでないか」だと思う。
お姉さんだって人間なので、目の前にしかめっ面でいられたら、嫌な気分になるだろう。
それを全く見せないところが違うのだ。
それは、強くないとできない。
わたしがお姉さんのような人間を目指すには、強くならないといけない。

でもなぁ、わたしはそんなスポ根みたいなのは向いていないので、どうしたものか。
確か、笑顔を作るだけで、気分も楽しくなってくることは科学的に証明されていた気がする。
具体的な行動案としては、「むかついたら表情筋を笑顔のところに動かす」とかだろうか。
そうしたら、お姉さんに近づけるだろうか。

わたしは、醜い。
だから、変われる。もう、伸び代しかないのだ。
ただ、結果を焦ってしまうのも、わたしの悪いところだ。
30歳をひとつの区切りにして、2年、やってみようかなぁ、笑顔。
きっと、すごく難しい。
うまくできないと思う。
でもこれで、目の前に死ぬほど不快な人が現れても、自分を変えるチャンスにできる。
嫌な人ほど、ありがたくなる。
できなかったら、今のままだときっと、自分はやっぱりできない奴だって、責めてしまうんだろう。
ああ、本当、課題だらけ、課題をこなすための課題が生まれまくるんだろう。
でも、目標を持とう。
わたしには、背中を見せないといけない、小さくて自分の命より大事な子がすぐそばにいる。

お姉さんは、目標に向かって、どう課題と向き合うだろうか。
できなくて落ち込んだときは、いつだってお姉さんを思い出そう。
そして、素敵なおばさんになろう。